おすすめ!リャザン州観光名所「セルゲイ・エセーニン博物館」

私が住むリャザンといえば、セルゲイ・エセーニン。

このブログでも何度か出てきているので、名前だけは覚えている方もいらっしゃるはず。

日本ではあまり馴染みがありませんが、ロシアでは20世紀最大の詩人と呼ばれ、現在でもロシア国民に愛され続けています。

本日は、リャザン州で人気の観光名所のひとつセルゲイ・エセーニン博物館をご紹介します。

セルゲイ・エセーニンって?

セルゲイ・アレクサンドロヴィッチ・エセーニン(Сергей Александрович Есенин)は、20世紀を代表するロシアの有名な詩人です。1895年、リャザン州の小さな農村コンスタンチーノヴァで生まれ、9歳から詩を書き始めました。

 

30歳という若さで亡くなるまで、ひたすら祖国への愛を貫いた詩を書き続けました。

ロシアの小・中学校では必ずエセーニンの詩を勉強するほど、国内で愛されている詩人です。

↑セルゲイ・エセーニン

↑コンスタンチーノヴァ村の近くを流れるオカ川

セルゲイ・エセーニン博物館【Государственный Музей-заповедник С.А. Есенина】

セルゲイ・エセーニン博物館は歴史的建造物が集まった記念博物館で、エセーニン
の生家、カザン聖母教会、聖霊礼拝堂、エセーニンが幼少時代にお世話になったスミ
ルノフ牧師の家、農民学校、地主の屋敷、旧カシナ邸があります。

村全体が博物館になっているため、ゆっくり回ると半日ぐらいはかかります。

↑セルゲイ・エセーニン博物館の地図

エセーニンの生家【Усадьба Есениных】

村の中心、カザン聖母教会の反対側にエセーニンの生家があります。現在の生家は1909年に建てられたものです。もともとは1871年にエセーニンの祖父にあたるニキータ・エセーニンによって建てられたのですが、時間とともに老朽化が進み、祖父が建てた家は解体され現在の家ができました。

建物内部は見学可能です。当時の農民の生活がよくわかるので、エセーニンを知らないという方でも十分楽しめるので、おすすめです。

それでは、実際に中の様子を写真付きでご案内します。

玄関【Сени】

↑エセーニンの生家入り口

エセーニンの生家に入ると、まずсениと呼ばれる部屋があります。日本の玄関と物置に似ているかもしれません。ここには暖房がないので、寒くなるとここに食べ物を保存しました。また、当時農民の家はあまり大きくなかったため、親戚が訪れた場合は寝室の代わりとしても使われていました。

現在は当時農民の生活に使われていた道具が展示されています。

リビングルーム【горница】

入口から一番奥の部屋へ行くと、そこにはгорницаと呼ばれる部屋があります。現在の居間、リビングルームに当たる部屋で、ここで食事をしました。部屋の隅にはイコンが飾ってあります。壁にはエセーニンの家族の写真と、農民学校を卒業するときにもらった賞状(похвальный лист)があります。リビングルームの隣にはエセーニンのお母さんの寝室があります。

↑家族の写真と成績優秀者に送られる賞状(похвальный лист

↑赤い隅(Красный угол

台所【кухня】

リビングルームの隣は台所です。ここにはペーチカと呼ばれるロシアの暖房兼オーブンがあります。ペーチカはオーブンとしてだけではなく、冬は暖炉の代わりとしても使われていました。ペーチカの上はのぼることができ、寒いときにはそこに布団を敷いて寝ることもできました。エセーニンの生家には、オーブン専用のペーチカと暖炉専用のペーチカがあります。

↑サモワール(ロシア式湯沸かし器)

↑オーブン専用のペーチカ

寝室【Спальня】

リビング、台所のほかに寝室が2つあります。1つはエセーニンのお母さんの寝室、もう1つはエセーニンの寝室です。

↑エセーニンの寝室

↑エセーニンのお母さんの寝室

農民学校【Земская школа】

エセーニンが幼少時代(1904~1909年)に通っていた農民学校です。ロシア語の名前をそのまま日本語にして、ゼムスカヤ・シュコーラと呼ばれることもあります。子どもたちはここで3年~4年間勉強し、ロシア語の読み書き、算数、教会スラブ語と神学を学びました。ここには当時農民学校で働いていた教師の写真や様子、教材などが展示してあります。

↑エセーニンが通っていた農民学校(現在の建物は復元されたもの)

 

さて、中に入ると廊下があり、両側に一つずつ教室があります。

まず最初の教室に入ると、当時の授業の様子を見ることができます。教室の隅にはイコンがあります。イコンがある隅はロシア語で「クラースヌイ・ウーゴル(赤い隅)」(Красный угол)と呼ばれていて、建物の南東に飾ってあります。日本の神棚のようなところです。エセーニンの生家のリビングにもありますね。また黒板の両隣を見ると、当時のロシア皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラ・フェドローブナの写真があります。

2つ目の教室は当時使われていた教科書や文房具、写真などが展示されています。また、ここにはエセーニンの卒業証書も保管されています。エセーニンはとても頭がよく、成績もとても優秀だったそうです。

 

スミルノフ牧師の家【Дом священника Ивана Яковлевича
Смирнова

エセーニンが幼少時代によく訪ねたのがスミルノフ牧師の家です。ここには牧師の親戚、子ども、知り合いの教師などが集まり、一緒に文学を読んだり、歌を歌ったり、詩を朗読したりしました。スミルノフ牧師のもとで学んだことは、その後のエセーニンの詩に大きな影響を与えたといわれています。初期に発表された詩には、特に東方正教会の考え方があらわれています。

カザン聖母教会【Церковь Казанской иконы Божией Матери】

スミルノフ牧師の家の隣には、コンスタンチーノヴァの中心的な存在、カザン聖母教会があります。19世紀終わりに建てられたといわれています。白樺の中にそびえ立つ白い教会はひと際目立ちます。

↑カザン聖母教会

聖霊礼拝堂【Часовня в честь Святого Духа】

エセーニンの生家のすぐ近くにあります。19世紀終わりに村人の寄付で建てられました。教会に入ることが禁じられた人(溺死者、感染病で亡くなった人)の葬儀が行われました。ちなみに、聖霊礼拝堂の後ろに見えるのは、農民学校です。

旧カシーナ邸【Музей поэмы “Анна Снегина”】

エセーニンの詩『アンナ・スネーギナ』のモデルとなったリディア・カシーナが住んでいた家です。現在は博物館になっていて、中を見学することができます。

リディア・カシーナはとても頭がよく、芸術と文学が好きでした。当時ロシア全土から詩人を自宅に招いて、詩の朗読会などをしていたそうです。そのため、多くの知識人が出入りしていました。リディア・カシーナと仲がよかったエセーニンもよく訪れ、自分の詩を披露したそうです。

 

 

まとめ

いかがでしたか?運営者自身、恥ずかしながらリャザンに来るまでエセーニンのことは知りませんでした。初めてコンスタンチーノヴァ村を訪れたときに彼の存在を知り、彼が愛した故郷に触れました。そこからエセーニンの詩に興味を持つようになり、読み始めるようになりました。

日本では残念ながら認知度の低いエセーニンですが、20世紀の農民の生活、当時の様子を見てみたいという方は、ぜひコンスタンチーノヴァを訪れてみてください。自然もとてもきれいだし、のどかな農村の風景に癒されること間違いなしです。

なお、興味のある方はこちらの公式サイトも是非ご覧ください。

 

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